ドン・リー・ブラッシンゲーム【1】

頭を使う野球
.275 4本 39打点
【獲得タイトル】
【プロ経歴】
1953年プロ入り
セントルイス・カージナルス (1955〜1959)ーサンフランシスコ・ジャイアンツ (1960〜1961)ーシンシナティ・レッズ (1961〜1963)ーワシントン・セネタース (1963〜1966)ーカンザスシティ・アスレチックス (1966)ー南海ホークス (1967〜1969)
アメリカ仕込みの考える野球を日本に持ち込んだ助っ人外国人。日本に来た時点で35歳でありコーチとしての役割もあったとか。堅実な守備とシュアなバッティングで二塁のレギュラーを守り抜き1969年に現役引退。引退後は南海のヘッドコーチに就任し選手兼任監督の野村克也の右腕として活躍した。広島のコーチを経て阪神の監督に就任し、考える野球を提唱したがルーキー岡田の起用法を巡って球団やファンとも対立し退団した。


パワナンバー11000 71300 44623
【査定】
(チャンスB)
得点圏打率.320
(走塁A)
リーグ最多の7三塁打
(かく乱)
意味合いは違うが日本野球の意識を変えたという意味で
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