村山 実【11】

選手兼任監督
防0.98 14勝3敗
【獲得タイトル】
最優秀防御率、最高勝率
【プロ経歴】
1959年プロ入り
大阪タイガース,阪神タイガース (1959〜1972)
阪神のエースとして君臨し3度の沢村賞にも輝いた右腕であったが、やはり勤続疲労もあったのか1967年に血行障害が発覚し成績が全盛期の頃に比べると流石に低下。そんな中世間は青年監督ブームであり球団のゴタゴタもあり1970年には32歳で選手兼任監督に就任した。迎えた監督としては1年目の1970年は球界全体が黒い霧事件の渦中にあり、阪神の中でも江夏の暴力団との交際が発覚するなど試合外の所でトラブルはあったが、村山実選手としては戦後唯一となる規定投球回に達しての防御率0点台を記録し14勝を記録した。しかし村山にとってはこの年が最後の規定投球回となった。


パワナンバー11600 60332 23059
【査定】
(球持ち○)
プロ年数を重ねるに連れてリリースポイントを打者の近くにと意識していた
(要所○)
負けは僅か3つで対ヤクルトに至っては6登板で失点0だった
(ゴロピッチャー)
フォークを多用し打ち取るピッチング

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